女の手帖

女の手帖

松本清張の「黒革の手帖」を読みました。私の読書傾向はどうにもアレで、「何故今このタイミングで何故この本を?」みたいなチョイスが多いのですが、これもそうですね。昔ドラマになって流行ったことがあるそうなのですが、私はたまたま本棚をひっくり返して松本清張を色々読んで今第何次かの清張ブームが来ているので読んだだけなんですが、しかし面白いですね。読むのがやめられませんでした。

ちょっと前まで「ブーリン家の姉妹」を読んでいたので、アン・ブーリンと原口元子、のし上がろうとする二人の女に戦慄をおぼえます。アン・ブーリンは色気を武器に、原口元子はゆすりでのし上がろうとするわけですが、しかし二人は共通して容赦がなくて恐ろしく、孤独です。強い、怖いということは同時に孤独なんだなぁと思うとたまりませんね。ことにそれが女性となると余計に、と書こうとして、いや、女だからここまでできるのだ、男ならはたしてここまでできるだろうかとも思いました。女はどうしたって、いくら時代が進んだとは言え、男に比べると色々な面で「上へ」向かうのは難しいものです。だからものすごい裏ワザを使ってそこへ行こうとするわけですが、表を通って行けない人間故の凄みというか覚悟があって、目を奪われます。たとえばこれが男が主人公だったらどうでしょうか。

勤続15年の行員、たとえば原口元男が架空名義の預金口座から勝手にお金を引き出してこれを横領、そうしておきながら自分の勤めていた銀行をゆすり、バーのママになるのです。って、男ですからママにはなれませんね。じゃあ、バーを経営することにしてお店には雇われママを置くんでしょうか。そしてもっともっとお金がほしい、と今度は病院の院長に目をつけて…と考えると、これはストーリーの展開上どうしても女でなければならないなということに気が付きました。原口元子はゆすりに必要なネタを集めるのに、女を使うのですが、同じ女として同情し、共感し、自分は味方で仲間だと見せかけて女を手先にしていくのですが、これが男だとちょっと成立しませんね。やはり女でなければ。

発行は昭和58年ですが、今なおスリリングで飽きさせません。さすが、松本清張。言わずもがなですが。

お見合いパーティ@名古屋

四名でお待ちの徳川様

名前をいくつお持ちですか?大抵の日本人は二つですね。苗字と名前です。苗字は結婚すれば旧姓と新姓、ふたつに増えたりします。これにあだ名がありますね。これは人によっては無数にありますよね。特に学生の頃なんか、やたらめったらあだ名が変わったりしますから。クリスチャンだったらクリスチャンネーム。人によってはミドルネーム。

ペンネーム、ラジオネーム。それから商売によってはビジネスネームなんてのもあります。トイレ関係のある会社では、社員全員がビジネスネームとしてトイレに関係のある名前を持っていてそれで仕事をしていました。覚えてもらいやすいし話が発展する糸口になる、とその会社の人はテレビの取材で話していましたけれど、確かにそうですね。また、水商売関係の人にはいわゆる源氏名があります。お相撲さんには四股名があります。名前というのは一人に一つではない。複数あるのが存外普通なのではないでしょうか。

また、罪のないその場限りの名前というのもあります。たとえばレストランで。混雑している時順番待ちのリストに名前を書きますね。人数と禁煙喫煙の希望なんかを書くと同時に苗字だけ書く欄があります。自分たちの番が来ると店員さんが大声で呼んでくれるわけですが、これがけっこう問題です。というのは、珍しい名前ならいいんですよ。「五反田さん」とかいらっしゃるか存じませんが「御徒町さん」とかなら混雑してうるさい所で名前を呼ばれてもすぐにわかります。ところがこれが「佐藤さん」とか「鈴木さん」とか「高橋さん」とか、わりに日本人でポピュラーな名前だったりすると複数の佐藤さんがリストの前でにらみあう事態になるわけです。そこで、そこで偽名を使う人がいるわけです。戦略的偽名。ある友人は好きな芸能人の苗字にする、と言っていました。たとえば、何かあるかしら。うまい例じゃないですが「黒柳」とかですね。ある人は歴史の人物にすると言っていました。それならなかなかない名前でも店員が読めるはずだというのです。混雑したレストランで「四名でお待ちの徳川様、お待たせいたしました」と呼ばれて席へ案内されるというのですが、ファミレスで順番待ちしている武将、なんてちょっとユーモラスですね。

みなさんはいくつ名前をお持ちですか。